interview / イソガワクミコ
photo / 菅原一剛

都市鉱山から採掘した純銀で作る熊鈴の鳴らし方

埋蔵量は約6万トン

都市に存在する大量に破棄された使用済み工業製品には、レアメタルを含む金属類が含まれています。この状態を鉱山に見立てて「都市鉱山」と呼びます。自然の鉱山よりも低負荷・高効率・安全に資源を回収できるメリットがあり、埋蔵された金属類の採掘が日本を含め世界各地で進んでいます。

銀は金属中で最も可視光線の反射率が高く、その美しい光沢により昔から宝飾品などの素材に使用されてきました。近年は導電性や熱伝導に優れた性質が着目され、家電やパソコンなどの電子部品、太陽光発電パネル、医療機器、自動車エンジン、乾電池など様々な製品に使用されています。環境庁は日本の都市鉱山に眠る銀は全体で約6万トンに達すると推定しています。 

マテックはこうした銀資源の中で、使用量が増加している医療用レントゲンフィルムから回収した、ほぼ純度100%のリサイクル銀を使用したアップサイクルを2020 年から進めています。このプロジェクトの中心となるのが兵庫県丹波篠山市に工房を構える人気の鈴作家・イソガワクミコさん。再生した純銀の手づくり「熊鈴」は全国から注目されています。

  • イソガワクミコ作 リサイクル銀製「熊鈴」 木箱入

他の材料が混入しないよう細心の注意を払う

イソガワさんの工房は祖母が暮らしていた農家。田んぼや畑に囲まれた古民家の1室を改装して設けた工房専用の空間で彫金を行っています。プロジェクトに参加した理由を次のように語ります。

「暮らしを支える最も大切な基盤である環境や資源などに関連する意義あるプロジェクトに参加できて非常に光栄です。銀の鈴はこれまでいくつも製作してきましたが、リサイクルした銀を原料に使用するというアイデアは想像外でした。レントゲンフィルムに銀が含まれており、焼却すると銀を回収できて、回収した銀を精錬してほぼ純度100%の純銀にすることも知りませんでした。彫金などに使う銀は傷つきにくくするため必ず銅を混ぜて硬くします。ですから、純銀という素材による製作も初体験になります。作り続けてきた私の銀の鈴に、新たな音色を加わえることができるチャンスを与えてくれるプロジェクトに魅力を感じました」

イソガワさんの鈴の製作は、原料である銀のインゴットを溶かすところから始まります。今回のプロジェクトは予定する鈴の製作数がかなり多く、工房に届いたインゴットも大量だったため、原料の溶解加工に加えて銀板を円形に切り抜くまでの作業を工場に依頼することにしました。

「工場もリサイクルの純銀を扱うことは未経験ということでした。他の材料が混入してはリサイクルの意義が失われるので、一度炉を空っぽにしてから作業に取り掛かる必要があり、そのための特別の段取りを組み、タイミングを見計らって作業を実施してくれました。無理を承知で依頼を引き受けて頂いた工場には感謝あるのみです」

外身に再生銀と刻印

工場からお煎餅のような形になった銀板が大量に返送されてきました。この銀板を使用して、最も注意が必要で時間がかかる“鍛金” が次の作業になります。具体的には銀板をバーナーで熱して柔らかくし、木製の打ち台にセットしてタガネを当ててハンマーで叩く。これを数回繰り返して銀板を半球状に形成します。

鍛金を科学的に言い換えると、金属の原子(銀の場合は原子番号47 元素記号Ag)を原子間の結合を破壊せず、適度な力を加えて原子を動かして目指す厚みや姿に形成していく、ということになります。紀元前5000 年頃にはこの方法を用いて道具や製品を作っていたことがわかっており、人類の物作りの歴史が凝縮された技法の一つと言えます。

「初めてだったので打ち出しの加減を理解するまで時間がかかりました。作業をコツコツ続けていると、ふと意思疎通できたような気がする瞬間が訪れることがあります。コミュニケーションが取れるようになると言うのでしょうか。純銀と私の間にそんな感覚が訪れて、以降はおしゃべりを楽しむことができました」

次の工程は、形成した半球状の中に丸玉を入れ、別の半球状のものと合わせて溶接して球体にした後、その外身に紐などを通すリングを取り付ける作業になります。

「もちろん丸玉やリングも純銀です。溶接は融点が異なる銀合金を接着剤の代わりに使用して熱で固定します。これで原型が完成しました。外身に銀の種類を刻印します。銀のアクセサリーの裏には950や925の文字が刻印されています。銀と他の金属の配合率を示したもので、950は銀が95%、銅が5%であることを示しています。今回の鈴には漢字でひとこと“再生銀” と刻印しました」

この後、鈴を燻します。これが最終工程になります。
「数種類の薬品を混ぜ合わせた液に鈴を浸して表面を黒っぽく加工します。草津温泉の湯に入ると指輪が変色するのと同じ原理です。燻すことで表面の陰影がより深まるなど、表現の幅が広がります。大切な作業になります」

肌に染み込む温もりの鈴の音

完成した鈴の音は、柔らかい銀の質感を反映して、鈴としてはかなり低音の部類に入る、落ち着いた響きになりました。
「鉄など硬い原料だと厚みをかなり薄く打ち出して高い音、主張する音にすることが可能です。純銀は柔らかく薄く打ち出す厚みには限界があるので低めの音、内省的な音になることは想定していました。ただ、その音が自分の内なる声のような、あるいは心身との密着性が高い、肌に馴染むような響きになることは、想像していませんでした」

鈴を商品名どおり“熊鈴”としてザックに取り付け、山道など自然のフィールドで使用した場合、どのような効果や感覚を使用者に与えることになるのか、との質問に対してイソガワさんは次のように述べました。
「釣鐘型のベルは横風に吹かれた時など横の動きで鳴ります。鈴は縦の動きで鳴ります。人が歩くとき体の重心は上下移動します。山道には様々な障害物が現れます。大きな岩を乗り越える、沢の流れを飛び越える、そんな時は、気をつけて、と語るように鳴ると思います。また、小枝で休む小鳥を見上げる、小さな花を見つけてしゃがむ、そんな時は、なんて可愛いのでしょう、と囁くように鳴ると思います。地形や状況に反応して動く身体や心に寄り添って鳴る、これが今回の鈴です。クマさんもきっと気持ちが和ませ、警戒心を解くのではないかと思います」

イソガワさんの鈴は手作りなので必ず個体差が生じます。今回の鈴は中に入れる丸玉も直径に微妙な差が出るフリーハンドで製作しています。100 個の鈴があれば100の音があることになります。

「私が製作した熊鈴が並べてディスプレイされていたら、1個ずつ聴き比べてください。微妙に異なる音の中で最も気に入った鈴を選んでください。それをバッグの片隅に放り込んでください。バッグとともにバスに乗り込む時、遅刻しないように駆け出した時、鈴はあなたに声をかけて励ましてくれます。日常でもそんな使い方をして頂けたならとても嬉しく感じます」

純銀の鈴を作り終えると、次はマテックプロジェクト第2弾として、純金の鈴の製作が予定されているそうです。